ふと、気になって調べてみたんだ。 「世界のトヨタって、年間何台くらい車を売ってんのかな?」って。
そしたら、トヨタグループだけで年間約1,000万台。世界全体で見りゃ、毎年8,000万台もの車が生産されてバンバン売れてるらしい。 一方で、日本のトップクラスのルアーメーカーが1年間に必死こいて作るルアーの数なんて、せいぜい数百万個レベル。車の数と比べたら、桁が違う。まさに月とスッポンだよな。
なんで俺がそんなことを急に調べたかっていうと、「自然破壊」っていう言葉に対して、ずっと前から少しばかりモヤモヤしていたからなんだ。
車の「見えない破壊」とルアーの「見える破壊」
冷静に考えてみてほしい。車が地球に与える環境負荷ってのは、控えめに言っても凄まじい。 車を1台作るために山をガッツリ削って鉄やアルミを掘り出し、走れば排気ガスをばら撒く。おまけに、道路と擦れて削れたタイヤのカスは、マイクロプラスチックになって大量に海へ流れ込んでいる。規模のデカさで言えば、とんでもない自然破壊だ。
それに比べたら、俺たち釣り人が水辺でうっかりロストしてしまうルアーの環境負荷なんて、数字の上では本当にちっぽけなもんだ。車の破壊力に比べたら、誤差みたいなもんかもしれない。
でもさ、俺ら釣り人は、たった1個のお気に入りルアーを根掛かりでロストしただけで、財布の痛みと一緒に、強烈な「罪悪感」に襲われるだろ? 「あーあ、また水の中にゴミを残しちまった」ってな。
この違いは何なんだろうって考えた時、ふと腑に落ちたんだよ。 人間にとっての罪悪感ってのは、破壊の「大きさ」じゃなくて、「目に見えるか、見えないか」なんだってことに。
車の排気ガスやタイヤの摩耗、遠い国の鉱山開発なんて、デカすぎて俺らの目には直接見えない。だから何も感じずに平気でアクセルを踏める。 でも、水辺の立ち木に引っかかって揺れてる自分のルアーや、水底にズルズル残してしまったラインは、目の前ではっきりと見える。自分の手で、大好きな遊び場にゴミを残してしまったという事実が、ダイレクトに心を刺してくるんだよな。
雪の日に転びながら自転車を漕いだ20代の俺

実は俺自身、20代の頃にこの「車の自然破壊」ってやつに本気で嫌になって、数年間、車に乗るのをスパッとやめた時期があるんだ(笑)。
毎日、片道10km以上ある道のりを自転車で会社まで通った。 晴れの日だけじゃないぞ。雪が降る日だって、何度もタイヤを滑らせて雪まみれになって転びながら、それでも意地になってペダルを漕いでいた。
今思えば「どんだけ極端なんだよ」って自分でも笑っちまうくらい若かったけど、当時の俺は本気でその「環境破壊の矛盾」と戦っていたんだ。デカい破壊を見て見ぬ振りするのが、どうしても許せなかったんだろうな。
「車よりマシだろ」なんて言い訳はしたくない
そんな極端な自転車生活を経て、55歳になった今の俺が思うことがある。
「車の自然破壊に比べたら、ルアーなんて大したことないじゃん。気にするだけ無駄でしょ」 そうやって数字を盾にして開き直るのは簡単だ。理屈の上では決して間違っちゃいない。
でもな、やっぱり俺はそうは思えないんだよ。 いくら地球規模で見ればちっぽけな影響だったとしても、「少なくても、自然破壊はしないに越したことはない」んだ。
俺たちアングラーは、大好きな自然の中にズカズカとお邪魔して、魚っていう命を相手に最高に面白い「道楽」をやらせてもらってる立場だろ? マニュアルや小難しい理論なんか抜きにして、現場で思いっきり釣りを楽しむのは最高だ。だけど、だからこそ「自分の目の前の水辺くらいは汚したくない」っていう最低限の仁義は持っていたいよな。
理屈じゃなくて、単純に気持ちよく釣りがしたいんだよ。
だから俺は天然素材の「シカベイト」を作ってる
俺が鹿(ディア)っていう天然素材にこだわって「シカベイト」を作っている根底には、実はそういう20代からの思いがずっと流れてる。
誤解しないでくれよ。「プラスチックは悪だ!エコルアーを使え!」なんて、大上段に構えて説教を垂れる気は毛頭ない。他メーカーの素晴らしいルアーだって俺は普通に使うし、現場の状況に合わせて色々組み合わせて遊ぶのが釣りの醍醐味だ。
ただ、少しでも自然に還りやすい素材、自然に余計な負担をかけないルアーという「選択肢」を、アングラーのボックスの中に増やしたいだけなんだ。

マジで釣れるしね^^
万が一ラインがブレイクして自然に残っちまっても、「まあ、鹿の素材だから少しはマシか」って、釣り人としての「目の前の小さな罪悪感」を少しでも減らせるだろ? その心の余裕が、釣りのワクワクを邪魔しないための大事な要素だったりするんだ。
まとめ:肩の力を抜いて、でも水辺には優しくな
数字の上では、俺たちがルアーでやってる自然破壊なんて、車に比べたら本当に小さなことかもしれない。 でも、その「しないに越したことはない」っていう釣り人としての意地みたいなものが、俺たちがこれからもずっと自然の中で気持ちよく遊び続けるために、一番大切なことなんじゃないかって思うんだ。
雪の日に転びながら自転車を漕いでいた20代の頃ほど、俺もガチガチに尖っちゃいない。色んなアイテムを柔軟に取り入れて、現場でどうやって魚を騙すかを楽しむオヤジになった(笑)。
ブログを読んでくれてるみんなも、難しく考えすぎる必要はないさ。 でも、自分の手元から飛んでいくルアーの素材や、水辺に残るもののことについて、ほんの少しだけ考える時間を持ってみてくれ。
さて、小難しい話はこれくらいにして、次はどのセッティングで水辺に繰り出そうか。俺たちの遊び場は、まだまだ面白くなるぜ!

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